臣桜個人サイト
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『四人の男の萌え吐き』
彼らは東京駅近くにある高層ビルの、バーの一角にいた。
四人は仕事の関係、またはプライベートで知り合い、タイミングが合った時にこのメンツで酒を酌み交わす仲になった。
全員もれなく顔が良く、身長も高く身に纏っているスーツなどもすべて一級品だ。
バーにいる女性たちが彼らに秋波を向けているが、彼らは一生を捧げる恋人、または妻、言ってしまえば広義の意味での〝嫁〟がいるので見向きもしない。
彼らが身につけているスーツや腕時計、靴など総額を合わせたらどれぐらいになるのか分からない。言ってしまえば人生の勝ち組である。
それをうっすらとでも分かる男性たちは、早くも自らの負けを悟って大人しく酒を飲んでいた。
一人は類い稀な紫の目を持つ、イギリスと日本のハーフ、ルーサー・エドワード・シャーウッド。日本名は若桜木要。
二十五歳の彼は他の三人の言葉を聞き、穏やかに笑いながらウィスキーの入ったグラスを傾けている。
もう一人は御子柴逸流。
この中では最年少だが、他の三人にも劣らない貫禄があり、ロックグラスを回して唇をつける姿もさまになっていた。
隣にいるのが久遠寺春臣。
四人の中で最も落ち着きのある男性で、残る三人から絶大な信頼を寄せられている。
円卓を囲んで要の隣に座っているのが、城ヶ崎尊。
この中で一番爽やかに笑っているが、むっつり具合は全員似たり寄ったりだ。
「要、今度ロンドンのおすすめテーラーを紹介してくれないか?」
逸流が要におねだりをし、ロンドンを拠点としている要は快諾する。
「勿論、シャーウッド家のお抱えテーラーを全員に紹介させてもらう。サイズを測るのに現地に来てもらうが、ロンドンを訪れた時はぜひメイフェアにある我が家を訪問してくれ」
「じゃあ、土産に美味い日本酒でも持って行きますよ」
春臣が提案し、要が「楽しみです」と笑う。
「結奈さんとの思い出の場所は、コンウィだったか?」
尊に尋ねられ、要は嬉しそうに微笑む。
「そうだ。干潟だが、満潮になった時の夕暮れがとても美しい。たまに彼女とドライブをしてコンウィまで行くが、のどかな所だからいい気晴らしになる」
「しかし、結奈さんに思いだしてもらえて良かったな? 記憶喪失でストーカー扱いって、俺だったら心が折れる……」
尊が呟き、想像しただけで……という様子で胸に手を当てる。
「杏奈さんは勘違いしていたとはいえ、お前を憎んでいたほどだから、忘れられるなんてないんじゃないか?」
要に言われ、尊は「確かに」と笑う。
「そういえば、春臣さん。その節は杏奈がそちらのビルにお邪魔した時、教えてくれてありがとうございます」
婚活バラエティ番組の撮影が終わったあと、杏奈は尊の前から姿を消した。
手を回して再び同じ清掃会社で働かせたまではいいが、勿論城ヶ崎グループの本社ビルには、警戒して近付かなかった。
やんわりと誘導した先が、『KUON』の本社ビルだったのだが、そこで春臣の恋人である希桜経由に春臣に「おたくの恋人、来てますよ」と連絡を受けたのだ。
「いえ、どう致しまして。大切な恋人を失ってしまう恐ろしさは、分かるつもりです。お互い、恋人がどこか遠くに行きそうという情報を得たら共有しておきましょうね」
にっこりと優しげな笑みを浮かべた春臣に、残る三人がいい笑顔で頷く。
傍から見る限りは和やかなムードなのだが、事情を知る者からすれば恐ろしい事この上ない光景だ。
何せ、億、下手をすれば兆の金を動かす男たちの、最も大切なものが恋人だ。
運命を感じた女が両手の間から零れ落ち、失ってしまうかもしれない恐ろしさは全員嫌というほど分かっている。
何か問題が起こり、金で解決できるのならありがたい。
だが失せ物――しかも愛する恋人となると、本人の意思もあるのだから一筋縄ではいかない。
だからこそ、広いネットワークを持っている四人が結託しあっているのだ。
その頃、同じビル内でナイトアフターヌーンティーを楽しんでいる女性四人が、ブルッと寒気を覚えたのは言うまでもない。
「虫が見えてから叩き潰すのではなく、事前に寄せ付けないためのスプレーを掛けておくのが一番だな」
逸流が目を細め、ロックグラスを回してからウィスキーを飲む。
彼の言う〝虫〟とは勿論昆虫ではなく、愛する沙織に近付く男、もしくは女であっても害しかない存在だ。
「それは大切だよな。無防備な美女は、ただ歩いているだけでも烏合無象を引き寄せる。見られるだけでも不快なのに、声を掛け、触ろうとする者がいる時は……、あぁ……」
そこまで言って、要は不快そうに身震いする。
「あー、すごい分かる。本音を言えば働かなくてもいいから、安心安全の場所で俺だけを待っていてほしいな」
このメンツで一番爽やかと思わせておきながら、尊がサラッととんでもない事を言う。
「要はそういうの詳しいんだろ? 監禁とか」
尊にニヤリと笑われ、要は呆れたように肩をすくめる。
「生憎、犯罪には手を染めていない。俺がしたのは、恋人の記憶を取り戻すために、追体験をさせただけだ。そのために邪魔の入らない舞台を整えただけであって、あれを監禁と犯罪扱いされたくないな」
「それはそうだな。すまん。……だが、オススメの道具ぐらいあるだろ?」
悪戯っぽく尋ねられ、要は噴き出して笑う。
「俺も興味がある。沙織とはどんな事をしても気持ちいいけど、やっぱり彼女がマンネリに感じたら嫌だなと思っていて、最近道具を使う事も検討し始めているんだ」
逸流がうっとりとした表情で恋人との関係を話し、需要を感じた要は笑い交じりに言う。
「初めからハードにいったら怖がられるから、まずは目隠しとか、軽く手首を縛るところからでいいんじゃないか?」
「それを卒業した頃の、次のステップは?」
春臣が食いつき、三人が笑う。
「春臣さん、意外とやってますね」
「いけるな、と思ったら押してみるのが楽しくて。何だかんだ、受け入れてくれるんです」
無害そうに笑いつつも、彼はソフトSMはすでに履修済みだと言っている。
「……杏奈は意外と、ちょっと酷くするぐらいが喜ぶかもな……」
尊が「名案を思いついた」という顔で何か考え始める。
逸流もテーブルの下で足を組み、沙織の事を考えて楽しそうにニヤけている。
男四人、頭の中で恋人のあられもない姿を想像して表情を緩めてから、顔を見合わせて「ははは……」と笑い合う。
「まぁ、こういう事をあけすけに言うと機嫌を損ねるから、結果は各々の中で。オススメの道具、プレイをした上での忠告があったら教え合う事にしましょう」
春臣が上手く纏め、三人も頷く。
**
「はっぷしゅん!」
同じビル内にあるナイトアフターヌーンティーを提供している店で、杏奈がくしゃみをした。
「大丈夫? 杏奈ちゃん」
「ありがとう、結奈ちゃん」
心配してくれた和装美女にお礼を言い、杏奈は人差し指で鼻の下を擦って首を傾げる。
「風邪かしら? 冬だし、インフル気を付けないといけませんね」
ローズフレーバーの紅茶を飲みながら、沙織が心配そうに杏奈を見る。
「本当は私も、ちょっと前に寒気を覚えたんです。帰ったら生姜湯でも飲もうかな」
希桜の言葉を聞き、結奈と杏奈も「私も!」と同意する。
「あはは、意外と別の階にいる人たちが物騒な事を言ってたりして……」
冗談交じりに言う杏奈の言葉に、三人とも笑いを返せなかった。
しばし、スン……と空気が止まる。
「……い、いやぁ、皆さん大企業の経営者だし、そんな物騒な事……」
希桜がフォローしようとするが、自分の事となるとタガの外れる春臣を思い出すと、あまり自信が持てないでいる。
「逸流は……、……はは、……あはは……」
「沙織さん! 目が死んでる! しっかり!」
結奈が沙織の肩を掴み、遠くを見ている彼女をガクガクと揺さぶる。
「世間からも友達からもスパダリって言われてるけど、ちょっと扱いを間違えると面倒ですよね……」
杏奈の言葉に、全員が深くこっくりと頷く。
「何か見てたら、すぐ買い与えたがる! 雑誌もテレビも見てらんない……。こないだはただテレビ見てただけなのに、『モルディブに行きたいのか』ってスマホを取りだし始めて……」
希桜の言葉に、三人が「分かる!」と頷く。
「私の着物姿が好きって言ってくれるのはありがたいけど、帰国するたびに着物を買われても、正直収納が追いつかないし、桐の箪笥を買うって言っても置き場所に困るしロンドンの家の内装に合わないし……。かといって洋服に興味を持ったら、やれ外商だの、ハイブランドのお店だの……」
結奈の眉間の皺が深い。名刺でも挟めそうだ。
「分かります……。あと、ジュエリー買いがち……。耳たぶは二つしかないし、首は一つしかないっていうのに……」
沙織の眉間の皺も深い。爪楊枝を挟めそうだ。
「ピアノの腕は中学生レベルなのに、ウン千万するグランドピアノを買おうかって言われた時は、本当にプレッシャーで眠れなくて……」
希桜が肺の中にある空気をすべて出すような溜め息をつく。
「……知らない内に私名義の別荘をニースに買われてた……」
杏奈は燃え尽きる寸前で呟く。
全員、「あるある……」と呟いて首がもげそうなほど頷く。
「……でも、好きなんだよね……」
物憂げに呟いた結奈の言葉に、全員「それ……」と深く同意した。
「結局、周りがどれだけ羨ましがるかとか、社会的地位は関係なくて、私達からすれば普通に欠点のある一人の男性なんですよね」
希桜は高級チョコレートを一粒つまんで口の中に入れる。
「ですよね……。本当に仕方のない人ですが……」
逸流を思った沙織が、クスッと笑う。
美女四人はそれぞれ恋人の事を考え、自分だけが知っている可愛い面や、仕事をしている時の格好いい面、ベッドでの妖艶な顔を思い浮かべ赤面している。
その様子を恋人と一緒に来店していた男性たちがボーッとした顔で見ていて、恋人から睨まれている。
――と、店内がざわついた。
入り口に身長が高く芸能人かと思う美形が四人現れたのだ。
何かの撮影かと女性たちは色めき立ち、声を掛けられないか期待して彼らを見る。
が、四人はとあるテーブルを見て満面の笑みを浮かべると、映画のワンシーンさながらに歩いてきた。
「そろそろ帰るぞ、結奈」
「要。こ、紅茶が残ってて勿体ないし、飲んじゃうからちょっと待って」
噂のスパダリの登場に、所帯じみた恋人四人は慌てて紅茶の残りを飲み、お互い「これ食べる?」と確認し合いながらティースタンドにあるお菓子を分担してテキパキと片付けていく。
彼女たちが慌ててお菓子を食べている間、四人のスパダリは「ゆっくりでいいよ」と微笑みつつ、店内にいる男性たちに向かって威嚇――極上の笑みを浮かべ、高級時計をさりげなく見せた。
瞬時にして惨敗した男性たちは、二度とそのテーブルを見られないでいる。
「ご馳走様でした!」
女性たちが立ち上がる時、勿論椅子を引くのは彼らの仕事だ。
バーの会計は春臣が持ったので、ここの会計は要が引き受け、恋人たちは帰路につく。
「それじゃあ、進展があったら報告を」
男性陣はよく分からない事を言って頷き合い、それぞれの車に乗り夜の街に消えていくのだった。
完